

「回転」

たぬきの身体は不思議に満ちている。
人に似ているようでどこか違う、テキトーな作りだ。
公園の奥、人目につかない所へ3匹のたぬきを連れてきた。
うちの近所のゴミ捨て場を漁っている犯たぬ達だった。
ゴミ袋を引っ張って破り、場合によってはさらにカラスや害虫を呼び込むので、早めに処置をしなければ近隣への被害は計り知れなかった。

アメをあげて、これは木になってるから、もっと食べたかったらこれから取りに行く所を見るといいと説明すれば、簡単についてきた。
なるほど、野良たぬきは安定した餌場さえあればゴミ捨て場は漁らないということか。
だが残念ながら、全ての野良たぬきに餌場を与える事など出来ない。
結局は駆除業者を呼ぶしかないのだが、今日は久々の休暇で前からたぬきに対してやってみたい事を試すつもりだった。
「もっとほしいし…木が見つかれば取り放題だし…」
「おうちで待ってるちびにもあげたいし…」
「ペロペロし…ペロペロし…」
実験という程の事もない、ただのお遊びだ。
うちで飼ってるたぬきには、とてもやろうと思えないやつだが。
前々からやってみたいと思っていた欲求を、ついに解放する日が来たのかもしれなかった。


「まってし、やめてし…！」
三角座りをしながら両足でたぬきの身体を挟み込んで、抵抗するたぬきの頭を両手で包み、竹とんぼを飛ばす要領で回転させる。
「ｷｭｩｩ…ｸﾞｴｴｯし…」
たぬきの抵抗など全く無意味で、ジタバタもできず、抑え込まれた身体に力がダイレクトに伝わる。
ぎゅるん、と頭部が回転し、
こきん、と何かが鳴る音がした。

問答無用で首を回されて、たぬきは呆然となり、言葉を失っていた。
というか、生きてるのかどうかも怪しい。
一周させて、同じだけ回転させて戻せばどうなるかな？
もう一度、ぎゅるん、と回す。
そして拘束を解き、地面に立たせてやる。
「……はっ！？し！？」
首がだるんだるんになってしまったが、たぬきは意識を取り戻し、遅れてジタバタし始めた。
やっぱり不思議な生き物だなぁ、たぬきって。

そしてジタバタし終えて、起きあがろうとした時に異変は明らかになった。
「ふぅ…し。こわ…かっ…たし？」
ぽろん、とたぬきの首がちぎれ、頭が転がり落ちた。
重たい頭部を支えきれず、ゆるゆるになった首がちぎれてしまったらしい。
再び胴体だけがジタバタを始めたが、長くは続かなかった。

さて、次のやつも処していくか。
「しっかりするし…傷は浅いし…」
あまりに衝撃的な光景に現実を受け入れられず、ぽてんと座らせた胴体に何とかして頭を載せようとしているたぬきは後回しにしよう。
「や、や、やだしぃぃ！」
活きのいいたぬきの身体を、三角座りの体勢を取り、脚で挟み込んで逃げられないようにする。
地面から離されながらも、こちらの脚を蹴ってジタバタと抵抗するが、モチモチぷにぷにとした肌触りで気持ちがいいだけだ。
「死にたくないしぃ！ﾀﾇｩｩｩｩ！」
あまりに悲壮な声をあげるので、途中で回転を止めてみた。
「ﾀﾞﾇ…？あれ…何ともないし…？」
どうやら生きてるらしい。首が繋がって、無事だと思い込めば生きていられるのだろうか。
たぬきの生命力すごいな。
頭を逆向きで固定された野良たぬきを、不思議そうな顔のまま解放し、地面に下ろしてやる。
「なんか、変な感じがするし…気のせいかし…？」
「うんうん、平気平気！大丈夫大丈夫！」
なるべくポジティブな言い回しで誤魔化してみると、たぬきはほっとした様子を見せた。首は前後逆を向いたままで。
「大丈夫なのかし…？じゃ、アメくれし…！」
両手をジタバタさせ、アメを要求する逆向きたぬき。まだ気づいていない。
「わかったよ、やるよ」
差し出されたアメを受け取ろうとして、何故か利き手を後ろに出してしまう逆向きたぬき。
「アメ取れないし…なんでし…？」
みしり、と首を傾げさせてたぬきは怪訝そうな顔をする。

「だってお前…前後逆だし…」

胴体に落ちた頭を載せることを諦め、我に帰った他の野良たぬきに指摘され、ようやく逆向きたぬきは自らの異変に気づいたようだった。
「えっ…逆、だし…？」

青ざめた顔でこちらを見つめる同族を視界から外し、
足元を見下ろしてみて、垂れている立派なしっぽを視認する。
まるで他の動物のオスについている、ちんちんだった。
「………ﾀﾞﾇｯ！」
自らの惨状を理解した途端、逆向きたぬきは血を吐いて倒れ込み、死んでしまった。
大丈夫！と言われていれば明らかな違和感も気のせいで済ませて生きていられるらしい。テキトーすぎる。
同族に指摘されて気づいたら死ぬのなら、他のたぬきがいなければ、もう少し長く生きていたかもしれない。

同族が倒れると同じくして逃げ出した野良たぬきを捕まえるのは、赤子の手を捻るならぬ、たぬきの首を捻るより容易かった。
「か、かかっ、勘弁してし…ちび達が待ってるんだしっしっ…」
「大丈夫大丈夫」
あ、これ回し終えてから言うんだっけか。
イヤイヤと首を振るたぬきの頭をもっちりとした頬ごと挟み込み、今度は一回転させるつもりで回した。
｢ｷｭｳｯ！」
なかなか、いい声で鳴いた。
そして今度は一回転で上手く止められたぞ。
あまり器用じゃないから2匹も消費してしまった。
パッと見た上での異常は見られない。
服の中の首は捻れているだろうけども。
コイツはさっき前後逆になっている事を指摘して同族を死なせてしまったが、
今はもう指摘する他のたぬきがいないので、案外何とかなるかもしれない。
一回転たぬきは、おそるおそる首を左右に向けて、また頭と体の位置関係が正常であると確認し、安堵の涙を流しながらジタバタした。
「よ゛がっ゛だじぃ゛…え゛っ゛」
そして、安心を声を出してみて異常に気がついた。
なんだこれ。声汚っ。
普段の声より数倍低く、朝から晩まで声を出した八百屋のおっさんみたいなしゃがれた声に変わり果てていた。
首が捻れている状態なので、音の伝わり方が変わってしまったらしい。
もしかしたら食べ物も通りにくいんじゃないだろうか。
自らの状態を受け入れられず、再びジタバタを始める。
「な゛ん゛だじ…ごの゛声゛…ずごぐ、や゛だじぃ゛…！」
これは確かに嫌かもしれない。見た目は普通のたぬきなのに、声が汚いだけですごい嫌悪感が増す。
「キュウウ♪キュウキュウ！」
おや？まだ他にたぬきいたのかな。しかもやけに綺麗な鳴き声だ。
振り向くと、首のちぎれた胴体を脇腹から食い破り、たぬきもどきが喜んでいた。
前後逆になったやつも、すでに食い荒らされてぐちゃぐちゃになっている。
声の汚いたぬきは、先程は載せようと努力していた仲間の頭を急いで拾って、
仲間だった肉塊に夢中なもどきの横に、サッカーのスローインの要領で放り投げる。
こいつひどいな。
「や゛だじぃ゛っ゛…」
とは言え、仕方がない。次にもどきに狙われるのは、明らかに自分だからだ。
「キュウウーン♪ガツガツ…」
転がってきた頭を前脚で器用に引き寄せてから、もどきはモチモチの頬に齧り付く。
「だじげでじぃ゛っ゛…死゛に゛だぐな゛ぃ゛じぃ゛…っ！」
汚い声で叫びながら、たぬきがこちらにすがりついてきた。
「お゛ゔぢに゛ぢびが、い゛る゛ん゛だじぃ゛…！」
なんか助けを求めているが、自分をこんな風にした相手にやるのは無意味だろう。
しかし遊び終えたのはいいけど、駆除しても死体の処理が面倒なんだよなぁ。
結局この場はもどきに頼るのが1番だって事だろうか。
あっ、でもダメだ。
“おうちで待ってるちび”も駆除しなければ。
放っておいても餓死すると思うが、下手に育って親と同じ轍を踏まれても困る。
徒然と考えた後、生きているたぬきに狙いを定めたもどきを脇腹から蹴り飛ばし、追い払う。
「クゥン…クゥン…？！」
何でし…？と言いたげに涙目で立ち去っていくもどきを見送り、一回転たぬきに話しかける。
「ほら、ちびのところへお帰り」
「う゛う゛…う゛っ゛ぶ…」
今更たぬきに優しいフリをしたところで、俺がたぬきの首を捻るサイコ野郎という認識は覆らないだろうから、見逃すという体で別れることにする。
巣に帰る途中、何度も振り返る警戒心の強いたぬきだったが、尾行することは難しくなかった。

やがて辿り着いたのは、今は使われていない廃屋だった。
ただ、そのままそこに住んでいるわけではないようだ。
廃屋の横に置かれている、ダンボールを重ねて作った、家とも言い難い代物が住処らしかった。
わざわざ形だけは人間の真似事をしつつも、たぬきにはたぬきの家があると主張したいのだろうか。小賢しい。
汚い声のたぬきは、しゃがれた声で呼びかけた。
「ち゛びぃ゛っ゛…ま゛ま゛だじぃ゛っ゛…がえ゛っ゛で、ぎだじぃ゛…！」
ダンボールの山の間から、ちびたぬき達がひょこ、と顔を出す。
親たぬきが右手をサッと上げると、ちび達も右手をサッと上げる。
それで合図完了のようだった。
なんだかおっさん同士が、よっ！と挨拶しているみたいだな、と男は思った。
他のたぬきや、人間の場合は絶対に出てこないように教えてあるらしい。
「あっままだし！」
「おかえりしー！」
「おなかすいたし！」
「ｷｭｳｷｭｳ！」
ちびたぬき達は警戒を解き、帰ってきた親に甘えようと身を乗り出すが、
「まつし…」
いちばん大きなちびたぬきが、駆け寄ろうとする姉妹を制した。
「声がへんだし…お前、ほんとにままかし…？」
「ｷﾞｭｳｳ…？ｷｭｳ！ｷｭｯｷｭ！」
「ほんとだし…声へんだし…！」
「ままじゃないし…！？」
ちび達は足を止め、ワァワァジタバタとダンボールの中が騒がしくなる。
「ごれ゛に゛ば、わ゛げがあ゛る゛じ…」
「なんて言ってるかわかんないしぃ！」
「こわいし！きもいし！」
「え゛ぶっ゛…う゛う゛…う゛っ゛ぶ…！」
非難を浴びる親はえづきながら声を整えようとするが、構造的に声の出し方が変わっているので無意味だ。
しゃがみ込んで、ダンボールの中のちびの数を確認していると。
「あっにんげんだし！ｷｭｩ！」
「たしけてしー！」
「ごはんたべさしてしー！」
「ｷｭｳｷｭｳｰﾝ！」
「あっみんな待つし…きけんだし…！」
1番大きな子以外、声がおかしいというだけで実の親の元を離れ、警戒心皆無にこちらへ近づいてくる。
「ち゛びぃ゛っ゛…ぞい゛づばダメ゛だじぃ゛…！」
「ｷｭｰ!こわいし！きもいし！」
「ヘンな声やだしぃぃぃぃ！」
親があんな状態になってしまったので、余計に保護を求めて擦り寄ってきた。
親といえば涙や鼻水まみれで両手を伸ばし、汚い声を発しながらヨタヨタと寄ってくる。
まるでゾンビなので、ちび達の恐怖も分からなくもない。
5匹かぁ。どの順番にしようかな
まずは、こちらの手に薄汚れたほっぺをすりすりして媚びてくるこいつにするか。
自分の行動が寿命を縮めていると思ってもいないちびを摘み上げる。
このサイズなら片手で頭を掴み、もう片方の手で胴体を把持してペットボトルを開ける要領で回せばいいので簡単だった。
かわいがってもらえると思ったのか、余計に甘ったるい声を出していたちびの頭を捻る。
「ｷｭｳｷｭｳｷｭｳ♪…ｷﾞｭｲｯ！？」
親と同じように汚い声にしてやろうと思ったが、ちびの身体は耐久性が無さすぎた。
摘んで回すのは簡単だったが、一回転させるだけで首がもげてしまった。
ころん、と驚いた顔で固まった頭が転がり落ちる。
首を無くした身体がぴゅっ！ぴゅっ！と血を噴き出しながらジタバタを始めた。
蓋を開けた炭酸入りの瓶みたいだなと思いつつ、手が汚れないようすぐに放り捨てる。
「……ｷｭ？」
ちび一同は首を傾げ、思考と行動を停止した。
きっと、今まで大事に育てられてきたんだろうなぁ。
その分、危機意識や外敵と遭遇した場合の対応が鈍いようだった。
その辺はこれから少しずつ教えていく予定だったんだろうか。
もう活かされることは、無いんだけれども。


「や゛…や゛め゛でじ…ぢびば、がん゛べん゛じでじ…！」
親が何事か泣き叫んでいるが、声が汚くてよく聞き取れない。
ウソだ。何を言ってるかはわかるが、理解するつもりはなかった。
「ｷﾞｭｯ」
「ｷｷﾞｭｯ」
「ｷﾞｭｳ…」
あとは流れ作業だった。
ちび達が騒ぎ出して逃げようとする前に、次々と首を回旋させていく。
こきん、こきん、こきん。
しかし、まぁ。
この小気味良い感触は、これはこれでクセになりそうだ。

「まま！たすけてし…！」
いちばん大きなちびが股を尿で湿らせながら、両手を突き出して親の元へ駆けていく。
親の声が変だって言い出したやつか。
元はと言えばこいつのせいでちびどもが親たぬきに警戒心抱いたんだよな。
構わず抱きしめるかと思われた親は、逡巡している様子だった。
「……じぃ゛…」
悩む様子で発せられた低い唸り声に、ちびたぬきも身を強張らせて立ち止まる。
親子の間に、ちょっとした距離と静寂が生まれた。
おや？無条件で助けると思ったんだが。
たぬき達の絆におもしろい変化が生まれたようだな。


俺は、
A.このままじゃお互いに幸せになれないだろうと、ひと思いにちびの首を捻った。

B.この親とちびはほっといても拗れるだろうと、立ち去ることにした。 

　(以下、分岐しますし…)





俺は、
このままじゃお互いに幸せになれないだろうと、ひと思いにちびの首を捻った。

「ままはお前のこと助けたくないってさ」
「ｷｭｯ！？や、やだしー！ままー！」
悲鳴をあげ、泣き叫びながら、ちびたぬきはジタバタ抵抗しながら助けを求めた。
勝手なもんだな、と親たぬきが少しだけ憐れになるが、先程迷った時点で見捨てつつあるのだろう。
ままと呼ばれ、ようやく正気を取り戻したのか一回転たぬきが駆け寄ろうとした瞬間、
「まｷﾞｭｯ」
「ゆ゛る゛じでぐだざ… あ゛…あ゛あ゛…びどい゛じ…！」
涙を流しながら、こちらに飛びかからんばかりの勢いで唇上を噛み締めた汚い声の親たぬきだったが。
何かを認めて、動きを止めた。

「キュウ〜♪キュウキュウ♪ｸﾁｬｸﾁｬ…」
何事かと振り向いたら、もどきが4匹分の身体を貪っていた。頭はすでに食べてしまったらしい。
遊んだ後の処理をしてくれて助かる。
しかし、まさかもどきに尾行されていた事に気がつかなかったとは。
我ながらたぬきに夢中になり過ぎたと、反省しなければ。
「だじげでじぃ゛っ゛…死゛に゛だぐな゛ぃ゛じぃ゛…っ！」
先程と全く同じ言葉を繰り返す汚い声のたぬきは無視する。
お前、さっきの怒りと威勢はどうした。
憐れに思い、一言だけ投げかけてやる事にした。
「もう待ってるちびいないし、いいだろ」
「じぃ゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛！」
「キュウ〜♪ムシャムシャ…キュウキュウ♪」
市役所の鳥獣対策課にたぬきもどきが出たと電話して、帰ることにした。
実は、あのコリッとした感触が手から離れない。
しばらくはたぬきを見かけたら首をこの手で捻ってしまいそうだ。
どんなに可愛らしく、どんなに懐いてくる子だとしても。


帰宅し、ドアを開けると。
「ごしゅじん、おかえりなさいし！寂しかったしぃ…！」
いつもの通りに飼いたぬきはこちらへ駆け寄り、モチモチとした頬をすりすりして甘えてくる。
嗚呼、こいつは今までずっと大事に育ててきたのに。
でも、あの快感には逆らえないんだ。
俺は涙を流しながら、愛するたぬきに手を伸ばす。
「ごしゅじん泣いてるし…？どしたのし…たぬきまで悲しくなっちゃうし…」
フリではなく心から共感が出来るたぬきだったので、涙ぐんでこちらを見上げてくる。
名残惜しみながらも、たぬきを抱き寄せた。
「ｷｭ…？たぬき抱っこしてくれるし？うれしいし！」
頭頂部をつかんで、
「さわってし…いっぱい撫でてくださいし…♪」
くるりと一回転させる。
｢ｷﾞｭｴｯ」
突然、視界が回ったことと暴力を受けたショックで、飼いたぬきは錯乱しながらも、こちらを涙目で見つめてきた。
「な゛ん゛で、じ…？」
やはり、先ほどと同じで汚い声に変わっていた。
もしこのままであれば、声と首に違和感がありながらも生活は出来るだろう。
しかし暴力によって引きちぎられた信頼はもう戻らない。
こいつは自分の声に自信があり、うどんダンスの時も必ず歌っていたので、汚い声になった事にストレスを感じ、やがて衰弱してしまうだろう。
ならば、このまま楽にしてやるしかない。
ずっと考えていた。たぬきの首を大きく捩った状態で、もう一回転させるとどうなるだろうか。
同じだけ回転させて戻せば、最初のたぬきのようになるが、おそらくは。
再び頭頂部に手を置かれ、今度は明らかに嫌がって泣き叫ぼうとするたぬきだったが、
「や゛べべっ゛」
ぶちん、と何がが切れる音がした。
心にのしかかってきた重圧感に反して、
伝わってきた感触は、やはり心地がよかった。

予想通り、首と胴体は泣き別れてしまった。
涙の跡が残るションボリ顔の頭部と、
糞尿でパンツを汚した胴体を下ろし、手を合わせる。
掌には、たぬきの首を捻った時の感触が生々しく残っていた。
けれども、まだ足りない。腹ごしらえをしたら、ここらのたぬきの巣を探しに行かなければ。
空を掴む掌が、再びあの感触を欲している。
この手は、二度とたぬきを可愛がれない手になってしまったーーー。

オワリ





俺は、
この親とちびはほっといても拗れるだろうと、立ち去ることにした。
それよりも、帰ってやりたい事があった。
男はたぬき達を放置して、去っていく。


急に訪れた平穏に、しばらく悄然としていた親子だったが。
静寂を打ち破ったのは、ちびたぬきだった。
「まま…まま…！」
姉妹をねじり殺され、次は自分だという恐怖から解放されて、ちびたぬきは親の元へよろけながら駆け寄った。
汚い声の親たぬきも、受け入れるべく両手を拡げる。
「ぢびぃ゛…！」
声は違っても、親子であることに変わりはない。
2匹はぎゅうっと抱き合い、お互いの感触とぬくもりをしばしモチモチと確かめ合った。


この日は、親ひとり子ひとりで、水いらずの夜を過ごした。
「ぢび…ごれ゛も゛だべる゛じ…ぼがの゛ち゛びが死゛ん゛じゃ゛っ゛だがら゛、い゛っ゛ばい゛あ゛る゛じ…」
「あむあむし…おいしいし…」
「よ゛じよ゛じ……ま゛ま゛に゛ば、も゛ゔお゛前゛じがい゛な゛い゛じ…」
「ｷｭｳｳ…ありがとうし…まま、だいすきだし…」
自分の分の食料すらも与えながら、ガビガビの声で懸命に語りかける親に対し、ちびの声は抑揚がなく、顔は引き攣っていた。
そして、夜が明ける前。


「やっぱりヘンだし…あの声聞いてるとおかしくなっちゃうし…」
もう、元の関係性には戻れないと子供心に感じて。
ちびたぬきは寝ている親たぬきを尻目に、こっそりとダンボール重ねの中から抜け出した。
「ｽﾞﾋﾞｰ…ｸﾞﾙ゛ﾙ゛…ﾀﾞﾇ゛~…」
すっかり寝入った親たぬきは、いびきも汚い。
「ばいばいだし…変な声の、まま…」
見切りをつけて、ちびたぬきは一足早い独り立ちを決めたのだった。


初めて出た外の世界は、思っていた以上に広く。
親にずっと出ちゃ駄目と言いつけられていたちびたぬきにとって、壮大な冒険の始まりを予感させていた。
しかし踏み出そうとした小さくとも偉大な一歩目は、しっぽを何者かに踏まれ妨害されてしまった。
何者かはちびたぬきの身体を抑えつけ、ぶちり！とちびたぬきの短いしっぽがちぎられる。
「ｷﾞｭｳ！？いたいし、いたいしぃぃ！」
しっぽを失ったちびたぬきはバランスを崩し、前のめりに転倒する。
お腹や顔を土埃で汚しながら、ジタバタするちびたぬきの背後には。
昨日公園で男に蹴り飛ばされ、追い払われていたはずのもどきが、噛みちぎったちびのしっぽを咀嚼していた。
「キュウウ〜♪ｸﾁｬｸﾁｬ…ｺﾞｸﾝｯ」
あ、駄目だ。
もう、逃げられない。
ちびたぬきは、幼いながらもこの先待ち受ける己の運命を悟った。
自ら離れておきながら、最期に思い浮かべたのは、記憶の中の綺麗な声の親たぬきだった。
“ちび…いちばんお姉ちゃんのお前を、ままは信頼しているし…”
「まま！まま！ままぁっ…まｷﾞｭｯ」
下半身から食べられていき、虚空に手を伸ばしていたちびたぬきは、咀嚼されている途中で息絶えた。



「あ゛れ゛ぇ゛…？ぢび、どごい゛っ゛だじ…？」
相変わらず、自分の声なのに慣れない。
寝て起きたら元に戻るかと期待していたが、やっぱり駄目だったようだ。

とりあえず、朝ごはん食べたらちびを探すし。
まあ、あいつ可愛くないから別のちび探してもいいし。
昨日もわたしの分まで食べさせてやったのに、全然おいしそうに食べなかったし。

そう思って、いつも通りにゴミ捨て場を漁る。
1日ごとに漁るエリアを変えているので、土日以外は安定して餌を得ることが出来た。
そして、いつも通りに飲み込んだ。
いつも通りでないのは、声だけではなかった。
ねじれた食道は、いつも通りに咀嚼したものを通らせることが出来ず。
喉を詰まらせて汚い声も出せぬまま、親たぬきはジタバタし、やがてそのたぬ生を終えた。

出来たてホヤホヤの死たぬに、近寄る影があった。
夜食にちびを食べたばかりの、たぬきもどきだった。
おそらく親が近くにいると踏んで、うろついていたのだ。
首が回っていても、ちぎれていても。
声がしゃがれていても、いびきが汚くても。
もどきは差別しない。
等しく、おいしいお肉でしかなかった。
「キュウン〜♪キュウ、キュウウ♪」
いったい何処から出しているのか、死んだたぬきよりも綺麗な高音で、喜びの声を上げた。

オワリ



(ちなみにBでも結局、帰宅した男は愛する飼いたぬきの首を捻って同じ末路を辿っていましたし…)

